カテゴリ:インド( 30 )
ちょっと懐かしい・・・かな・・・
「クリスマス・プレゼント」というにはちょっと微妙な贈り物をいただきました♪

送り主は『時の流れるままに~身を任せたほうが勝ちなのか!? ここはインド』のmicchaさん。
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micchaさんは私がデリーにいた頃に参加していた「デリー日本人会テニス同好会」の現メンバー。以前、テニス同好会のメンバーでお揃いのTシャツを作ったという記事にえらく物欲しそうなコメントをしたところ、ご親切にも送ってくださいました。

沖縄の「海人」(うみんちゅ)、「島人」(しまんちゅ)をもじって「照゛人」(でりんちゅ)・・・太陽が照り付ける中、デリーでテニスをする人の意味だそうです。 そういえば私も真夏の45度くらいの日でもテニスしておりました^_^;。

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前身頃の左下あたりにはラケットを持った象さんの刺繍も。 なかなかラブリー♡



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送ってくださるにあたりmicchaさんから「何かインドゆかりの物」を送って下さるというありがたいお言葉をいただき、私がリクエストしたのは“chat masala”と”tea masala”。

チャット・マサラというのはインド風のハーブ塩とでも言ったらいいのかな。玉ねぎ、きゅうり、大根、茹でたジャガイモなどの野菜に振って食べるものです。

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マサラ・ティーを作るためのティー・マサラは品切れだったということで、マサラ・ティーとジンジャー・ティーのテーバッグと、オールドデリーにある有名紅茶店Aap ki Pasandのダージリンティーを送ってくださいました。




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見た瞬間に妙な笑いがこみ上げてしまった、インドの(特にベジタリアンが好む)スナック菓子”Namkeen(ナムキン)“。 ムング(もやしになる豆)を揚げたもの、チキンラーメン風のもの、ピーナッツ・グリーンピース等の豆類・ポテトチップス・チキンラーメンもどきが混ざったものの3種類。 デリーにいた頃、家人の会社の取引先の、スーパーリッチなベジタリアン氏のおかかえコックさんによる自家製ナムキンを大きな容器2つ分ももらってしまって、激しくもてあまして以来のナムキンです(~_~;)。

Micchaさん、いろいろありがとうございました。インドの思い出を噛みしめながら味わいたいと思います。いつの日かテニスをご一緒したいですね・・・もちろん日本で!!
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by KURIinHK | 2005-12-23 00:21 | インド | Comments(18)
ウッタル・プラデシュの日本脳炎
Excite エキサイト : 国際ニュース

台風・ハリケーンのニュースの影に隠れてしまっていますが、インド北部のウッタル・プラデシュ州(アグラ・バラナシなどのある州)では日本脳炎の流行で既に600人以上の死者が出ているということです。

私がニュー・デリーでの生活を始めた1996年の今頃はデング熱が大流行し、デリー近郊だけでも500人近い死者が出た記憶があります。 

この時季に伝染病が発生するのは北インドの気候が大きな要因といえます。(地域によって気温等々が微妙に違うと思うのでデリーに絞って書きますが、)デリーの夏は3月末(4月)から始まります。30度を越える日が続き5月には40度、時には45度を越えることもあります。7月に入る頃モンスーンの季節となり、毎日短時間ながらもシャワーのような土砂降りの雨が降りますが気温は35度程度にまで下がります。 そして9月。 秋・・・ではなく、セカンドサマーの到来。再び35度を越える日が1ヶ月近く続きます。 長い夏ですっかり疲れ果てた体。モンスーンによってできた水溜りに発生する蚊。 一度病気が発生するとあっという間に広がってしまうのはこんな気候的な厳しさが一因となっているのでしょう。

蚊の媒介する伝染病がなかなか下火にならないもう一つの大きな理由。 それはインド人に「不殺生」の人が多いから。 
インド人にベジタリアンが多いのは周知のとおりですが、厳しいベジタリアンは植物でも「個体を殺してしまうから」という理由で「根」のものは食べません。 (実とか種は食べるのかな? これも個体を食べちゃうことになる気もするけど・・・。) 一番厳しいジャイナ教徒の中には空気中のバクテリア・細菌のレベルの生物すら、吸い込んで殺してしまうことがないようにと常にマスクをして暮らしている人もいるのだそうです。 こういった「無用な殺生はしない」という姿勢のせいか、デリーで売っているリキッドタイプの「蚊取り」も蚊を退治するのでなく「蚊除け」程度の、効き目の弱いものでした。 政府等の手によって一斉に殺虫剤の散布をするというのも、多くの人が路上生活をし川や水溜りで水浴びや洗濯をするデリーではそれ自体がヘルス・ハザードとなりかねないという問題があります。

膨大な人口をかかえるインドで果たしてどれだけの人が予防接種を受けることができるのかを考えると、この日本脳炎の終焉は蚊のいなくなる季節まで待たざるを得ないのかとかなり悲観的な思いにかられてしまいます。

う~~ん、必要なのはインフラ(特に水)の整備かなあ・・・。
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by KURIinHK | 2005-09-09 21:45 | インド | Comments(16)
アイロン!
ペナン島へようこそのpenangさんのところで見た写真。懐かしさのあまり(ウソ!)トラックバックはもちろんのこと、お写真そのものをお借りしました。penangさん、ありがとうございます。

a0025439_15155079.jpgこの写真に写っているもの、それはアイロン。 ワタシが女学生の頃はこれは「火のし」と呼ばれておってのお、これでハカマにシャッキリと折れ目をつけるのがオシャレじゃったのじゃよ・・・って、さあワタシは何歳でしょう?!

・・・とまあ、私が100歳未満か否かはおいといて(笑)、ペナン島ではこれは骨董品として売られていたようですが、デリーではこの手のアイロンはまだまだ現役。それも「街角アイロン屋」がいて、歩道でブロックをアイロン台替わりにしてアイロン掛けをする姿をよく見かけました。

デリーでは家庭に電気アイロンがある家などというのはあまりなく(あっても停電が多いし・・・^_^;)、ちゃんとした会社勤めの人でもアイロンは街角アイロン屋に頼んでしまうようです。

ちなみに洗濯も洗濯機を使う家は少なく、洗濯専門の使用人(ドビー)を雇っていたり、街角洗濯屋(洗濯板を使ってビシバシ洗濯物を叩いたり揉んだり扱いたり・・・)を使ったりするようです。
乾すのも日本のように洗濯ロープや物干し竿に乾すのではなく、公園のフェンスとか空き地に広げて乾したり・・・まあサリーは長~い一枚布だから吊るすのは無理でしょうが・・・。オールドデリーの病院の横を通りかかった時、隣りの空き地にシーツを広げて乾してあったり枕カバーがフェンスにかけられていたのを見た時、「インドでは決して病気にはなるまい」と心に誓った私でした。

話が脱線しましたが、インドの衣服はサリーはもちろん北インド風のパンジャビ・スーツ(クルタ&パジャマ)等もすべて平面裁断。アイロン掛けにはとても楽な作りなので、こんなごっついアイロンでもあまり苦にはならないのかもしれません。


ところでこのアイロンの使い方、知ってる人手~上げて~~!(WさんとかK師匠は知っていそうな気がする・・・)
正解: おこした炭を本体に入れて使います。

50度近くなる真夏にはしたくはない商売・・・(-_-;)
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by KURIinHK | 2005-03-28 15:23 | インド | Comments(17)
駐妻のお仕事
a0025439_2221956.jpgニュー・デリー駐在時代タジ・マハールには何度か訪れる機会があったのですが、1999年12月のタジ・マハール行きでは滅多にできない経験をすることとなりました。
ニュー・デリーからチャーターのプライベート・ジェットでアグラに行ったのでした!!! 日本からいらした家人の勤務先会社の相談役(社長→会長→相談役)ご夫妻のお供。ジェットをチャーターしたのはインドのパートナー会社の社長。 相談役が夫人をお連れだったので私もお供することとなりました。

相談役の滞在中の日程以下

初日: 夕刻 ニュー・デリー着。ホテルチェックイン後パートナー会社社長宅で会食。

二日目: 相談役 パートナー会社訪問
夫人 市内観光→パートナー会社でのランチに合流→家人の事務所ビルでインド舞踊観賞(事務所ビルに有名な舞踊家のスタジオがあった関係で、その舞踊家・ビルオーナー・家人の事務所が共同で近所のスラムの子供達を招待しての鑑賞会という形で開催)

夜: ホテルにて関係各社・おつきあいのある日本企業駐在員を招待してのパーティー

三日目: プライベート・ジェットでアグラへ。 タジ・マハール観光。 ランチの後ジェットでバンガロールへ移動。

夜: ムンバイの取引先社長夫妻とディナー

四日目: 相談役 バンガロールにある日系企業訪問
夫人 終日市内観光

夜: 在バンガロールの取引先日本企業駐在員と会食

五日目: 午前 ホテルにて休憩
午後: マドラスへ移動
夜: 某インドIT寵児のご自宅訪問
深夜: 相談役ご夫妻 シンガポールへ移動

私は夫人の全行程に同行。 2日目~5日目についてはなんと会社から出張日当をいただきました。

さて、このプライベート・ジェット、ニュー・デリーで一番高級なオベロイ・ホテル所有のもの。相談役ご夫妻・日本から随行の本部長・家人と私・インド人パートナー・その妹(で、その会社の役員)の7人に対しパイロット、副操縦士、そしてフライトアテンダントも一人。大して長くない飛行時間の間にサンドイッチ・サモサ・春巻(??)等々、いろいろなものがひっきりなしに出てくるのでした。 アグラ空港では滑走路にお迎えの車が横付けされるというVIP待遇! 定期便が日に数本しか飛んでいないような小さな空港だからではありますが・・・。

私の持論、「駐在マダムは職業の一種である!」
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by KURIinHK | 2005-03-17 22:05 | インド | Comments(16)
タジ・マハール
a0025439_2113468.jpg最近食べ物ネタが続いているので、ちょっと一息。

少し前になるのですが、広東語のクラスメートだったKさんがかつてインド・バンガロールに単身赴任していらしたことのあるご主人と二人でデリー・アグラ旅行に行って、タジ・マハールの写真を下さいました。

世界的に有名なタジ・マハールはニュー・デリーから約190km(多分)、車で4時間ちょっとのアグラにあります。ニュー・デリーを早朝出発すれば日帰りも可能です。

タジ・マハールは17世紀にムガール帝国第5代皇帝のシャー・ジャハーンが亡き妻ムム・タージの墓所として建てたもの。白大理石にラピスラズリ・マラカイト・オニキス・トルコ石・マザーオブパール等の貴石・半貴石でインレイ(象嵌)をほどこした、巨大な工芸品のような建造物です。シャー・ジャハーンはヤムナ川の対岸にタジ・マハールとまったく同じものを黒大理石で作り自分の墓とするつもりだったと言われています。

タジ・マハールの建造にうつつをぬかしたあげく、シャー・ジャハーンは息子アウラングゼーブによって帝位をおわれアグラ城に幽閉されてしまいます。アグラ城の一角からタジ・マハールを見つめ悲嘆にくれるのでした。

ヤムナ川のすぐ横に建つタジ・マハールは地盤沈下によって少しずつ傾いています。遠からぬ将来、公開規制等が行われることもあるかもしれません。行くなら今のうち?
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by KURIinHK | 2005-03-17 21:02 | インド | Comments(13)
インドトイレ事情
1~2ヶ月前からちょこちょこと覗かせていただくようになったpenangさんのブログ。実はサウジの住人(最近完全に引き払われたようですが)で、しかもここのところ過去のインド旅行の思い出についていろいろ書いていらっしゃっいます。

私もブログを始めた頃から、サウジやインドの記憶があまり薄れてしまう前に自分自身の記録として書き残しておきたいと思っていました。 そんなわけで、これからも時々唐突にサウジやインドの話が出てくるかと思います。あくまでも私の記録・記憶なので、2005年現在の状況と必ずしも合致するものではないかもしれないということをご了承ください。

さて、インドについて。 突然ですがwan_chaiさんの広州のトイレの話にトラックバックです・・・というかその記事のコメント欄でpenangさんからインドのトイレ話のおねだりをされてしまったのですが・・・。

a0025439_1221096.jpgインドのトイレ(まともなトイレの場合ですが)と普通の洋式トイレの一番の違いは、水タンクの近くから伸びているシャワーのようなホース。 このシャワーの代わりに小さな蛇口と手桶がある場合もあります。 用途は説明するまでもないですよね? 用を足した後にお尻を洗うためのものです。インド人が食事に右手しか使わない理由として聞いたことのある人も多いと思います。洗うのが主流で需要が少ないせいか、トイレットペーパーはとても高く(日本のものより小さいもの1ロールが70円以上)、質も悪かったため、多くの日本人は日本から取り寄せたり買出しに出た際にシンガポールやバンコクから持ち込んだりしていました。 また、個人の家、ホテル、レストランなど、どこも水道事情があまりよくないせいか、はたまた配水パイプが細いのか、一度流すとタンクに水が溜まるまでにとても時間がかかるので、大勢で集まる時などはトイレのタイミングをはかるのが大変です(おかげで、前の人の「忘れ物」があっても全然動じない私)。

これはニュー・デリーのような都会の場合。町を一歩はずれるとトイレの普及率は一挙に下がり、「どこでもトイレ」の世界に変わります。ニュー・デリー~アグラを車で日帰りする時などは朝の早い時間に途中の村々を通過するため、あちらこちらで皆さんの朝のおツトメのシーンに出くわしてしまうこととなります。橋の上でお尻だけ川の上に出すような格好で・・・とか、とにかく、日本じゃ考えられないような光景があっちでもこっちでも・・・。

・・・とここまでがインドのトイレ事情のレポート。ここからはちょっとまじめに書きたいと思います。
インドのトイレ普及率、特に農村部での普及率は驚くほど低いものです。以前も書いたことがありますが、トイレがないために人目につかない草むらなどに用を足しにいって女性がレイプ被害に遭うことが後を絶たないと聞いたことがあります。
トイレが普及していないような農村部は同時に水道設備も整備されていない場合がほとんどなため、飲み水や土壌が大腸菌などで汚染されたり、伝染性の病気が発生した場合の罹患率が高かったりと、健康上の影響も大きなものとなっています。

トイレって施設だけを作ればそれで済むものではなくその後の管理が必要なものなだけに、インドのトイレ普及率の上昇は一朝一夕には成されはしないものでしょうが、せめて「どこでもトイレ」は病気の素だという教育だけでもしたらどうだろうと思うのですが・・・。

*追記*
ニュー・デリー在住、日本人会テニスサークル現役会員のmicchaさんにトイレ(の写真)をお借りしました。 ありがとうございました
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by KURIinHK | 2005-02-26 00:56 | インド | Comments(26)
物を捨てないインド人
a0025439_0405736.jpg下のポストのリングホルダーは実は私が作ったもの。 使っているリボンはブランド店などで買い物をした時によくショッピングバックに結んでくれるリボン。

こういった店名の入ったリボンを見るとどうしても思い出すインドでのできごとがあります。

ニュー・デリーの我が家には若い住み込みのメイドがいました。以前、間違い電話の話の時に出てきたあの根性のすわったラリータちゃんです。 
ある日日本人の友達からお土産にもらったGODIVAのチョコレート。インド国内ではとても味わうことのできない洗練された味を楽しんだその翌日、私が見たものは・・・私がゴミ箱に捨てたGODIVAの箱にかかっていたリボンで髪の毛を結んだラリータの姿! い、いいけどね・・・。 日本人マダムがうちに来る時はそのリボン、やめてね・・・。

地方からデリーに働きに来ているメイドには年に1度、1ヵ月程度の休暇が与えられます。休暇になると彼女達は電車に乗って家に帰るのですが、この電車での旅、遠いところだと2~3日に及びます。
ラリータの出身は南インド(ちなみに北インドはアーリア系で彫りが深い美男美女が多いけれど、南インドはドラビダ系。鼻ペチャでミニラのような顔が多い!)。 彼女も里帰りの際は2~3日の電車の旅となります。 里帰りの前日、道中の食費をなるべく節約しようとせっせと食料を用意するラリータ。
その手に私が見たものは・・・空の柔軟剤のボトル(アメリカサイズのバカでかいもの)。 いやな予感! このボトル、何に使うの? ラリータの答えは「電車の中での飲み水を入れる」・・・(-_-;)。
ボトル入りのドリンキングウォーター、好きなだけ持ってっていいから、こんなものに入れた水なんか飲まないで~~! なぜそのボトルを使っちゃいけないかを説明いたしましたが「ケミカル」とか「ヘルス」といった単語のわからないラリちゃんにはどうもわかってはもらえなかったようですが・・・。

「物を捨てない」というのは彼女に限ったことではありません。よそのお宅でも、捨てたはずのぼろ~いサンダルが翌日になると勝手口に置いてあり、また捨てるとその翌日にはまた勝手口に戻っていて・・・の繰り返しでおかしいなあと思ったら、ある日メイドさんに「マダム、私のサンダルを捨てないでください」と怒られたとか・・・(・。・;

物を捨てない理由の一つには「廃品回収屋」の存在があるかもしれません。 「カバリ」と呼ばれる廃品回収屋さんはたいていのものを買い取ってくれます。壊れた家電製品、ぼろくなった靴やバッグ、いらない服、使いかけの化粧品、かけたお皿、雑巾寸前のタオル、見られなくなったビデオテープまで引き取ってくれるので、日本への帰国時などは大助かりです。カバリがそれをどこにもって行くのかはわかりませんが、何かの形で使い道があるから引き取るのでしょう。

そんなインド人を見ていると、日本人は物を粗末にしているなあと痛感します。 でもなかなか無駄をなくすのって難しいんですよね。 

でもね、一度使ったラップを洗って干すのはかんべんしてよ!(ジップロックは許すから)
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by KURIinHK | 2005-02-24 00:41 | インド | Comments(28)
防犯強化月間 2
実はインドでも泥棒被害にあったことがあります。 
犯人はチョキダール(門番)。 住み込みのメイドが休暇中のことでした。
インドでは遠くから働きに来ている住み込みのメイドは1年に1ヶ月休みをとって田舎に帰ります。メイドが休みの間は私が出かけてしまうと家の中は空っぽ。私が出かけるのを見送った後、裏のドア(インドの家はサッシではなく木の扉)を外から押し続け(多分)、ついには鍵を留めてあるネジをはずすことに成功して家に侵入したようです。 ふと気がついたら腕時計(けっこう好きでいくつか持っている)がない。アクセサリーもいくつかなくなってる。家人に言ったら家人の時計もない。ということで大騒ぎとなりました。

インドをよく知っている(当たり前!)運転手の言葉に従って捜してみたところ盗難品のほとんどは使用人用のトイレの水タンクの中にビニール袋に入れて沈められていました。これにより内部犯行であることがほぼ確定的となり私たちはもちろん運転手、門番、庭掃除のおばちゃんまで警察の事情聴取をうけました。そしてその翌日、門番失踪! 門番は契約している警備会社が派遣してくるものでだいたい1ヶ月ごとに人が代わります。 警備会社に連絡したところ会社にも何も連絡がないということで、「これはヤツがあやしい」となりました。 警備会社に被害の補償を請求しましたが最初は「自分のところの門番が犯人だという確証はない」といって請求には応じませんでした。 しばらくして、その月の電話代の請求がきたところ、その事件の頃にうちの電話からBihar(ビハール州)へ電話がかけられているという記録が。 その門番はBihar出身。うちの電話から故郷へ長距離電話をかけていたことが判明し、これによって警備会社から無事に補償金を獲得しました。

この時盗まれたもの・・・私がOL時代に買った(ってことは何年前??)Tissotの腕時計。Guessの2000円くらいのペンダント。 お土産にもらった細い金の鎖のブレスレット。
時計は充分元を取るくらい使ったものだしペンダントは安物。ブレスレットはちょっと惜しかったかな。

後で聞いた話ですが、Biharというところは治安のものすごく悪いところで、その門番もうちの運転手相手に「自分はBiharでは何人もの人を殺した」とうそぶいていたそうな・・・。逆切れしないで逃走してくれてよかった・・・^^;

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by KURIinHK | 2004-12-19 16:44 | インド | Comments(10)
こんなイベントも
私にとって忘れることのできない12月のイベントはニューデリー日本人会婦人部ボランティアグループの手作り品バザーです。 以前にも書いたことがありますが、このボランティアグループはミニボランティアと称したイベント(有志によるコンサートや、各種講習会、料理教室等々)や、ビデオの貸し出し・・・これは、借りた人がほんの気持ちということで募金をする・・・、そして12月のバザーで資金を作り、そのお金でニューデリー近郊の身障者施設や教育施設の援助、スラムの子供たちの就学支援などをしていました。
この手作り品バザーで売るものはまず手作り食品。どら焼きやおはぎ、クッキー、ケーキなどのお菓子類、パン、カレーパン、お赤飯、炊き込みごはん等の主食類、コロッケ、お漬物、煮豆、さつまあげ等のお惣菜。 プロも顔負けの自慢のお料理を各自が丁寧に小分けパックに詰め、値段をつけて販売します。
エプロンや手芸をほどこしたタオル、クロスステッチのクリスマスカード、和紙を使った箸袋といった小物類も販売しました。 これは自分達で作ったものもありましたが、デリーはオーダー品が安いので、メンバーがデザインを決めたり素材を選んでオーダーに出したものを販売しました。
a0025439_20283351.jpgそして一番の目玉がこれ! 手作りお料理レシピ集です。夏の終わり頃、メンバーが自慢の料理のレシピを持ち寄り、担当者がワープロで体裁を整えた貴重なレシピ集。 製本する道具がないのでクリップ留めというのも手作りの味! 何よりも、デリーで入手できる食材でいかにごまかすかで日々苦労している人たちの知恵の集大成!! そして「無い物は作る」という主婦魂!! 生八つ橋、たくわん、カステラだって作れるんですよ!

日本にいて、いつでも欲しいものが手に入る生活の中では味わうことのなかった、不便だからこその楽しいイベントでした。

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by KURIinHK | 2004-12-03 20:29 | インド | Comments(8)
イベントシーズン!
12月はニューデリーに住む日本人にとって、イベント盛り沢山の月でした。
1996年のペルーの日本大使館での立て籠もり事件で有名になった天皇誕生日の祝賀パーティはそれ以降も在外公館で執り行われています。デリーでも12月の初め頃、在留の企業や団体のトップ(Mr. & Mrs.)が大使館に招待されます。うちの場合は日本人一人だけの事務所だったのできっちりご招待を受けました。
2週目あたりの日曜は日本人会の忘年会。大きなホテルで、数百人の日本人が集まります。会費を払い、ラッキードローのチケットを買って入場します。コーラス、カラオケのど自慢といった出し物もあります。ちなみに私はテニスサークルの仲間の「YMCA」と「年下の男の子」のバックダンサーとしてテニスウェア姿で踊った経験アリ! ラッキードローの賞品は協賛企業の寄付による豪華なものもたくさん。日本やシンガポールへの往復航空券、日本メーカーのAV機器、宝石類等から航空会社のポーチなどまで、いろいろな賞品があります。
クリスマスやパーティシーズンに向けてという意味あいなのかは定かではありませんが、この時期には大きなバザーも開催されます。特に皆が張り切るのはAshoka Hotel(だったと思ったけど・・・)で開かれるInternational Bazaarです。 2000年当時、インドは国内産業保護のため国産できるものについては関税率100%と言われていました。外国産のワイン、ビールなどは「闇屋」と言われる人たちに電話で注文して持ってきてもらうという入手方法が一般的だったのですが、このInternational Bazaarでは各国大使館が自国の特産品の紹介と称して、いろいろな美味しいものを販売するんです。南ア、ギリシャ、キプロス、イタリア、チリ・・・いろいろな国のワイン、カナダのメープルシロップ、ベルギーのチョコレート、どこの国だったかなあ・・・スモークサーモンやハムなども手頃な値段で販売されます。 インドネシアのサテイやナシゴレン、ギリシャのギロス(ピタパンでくるりと巻いたサンドイッチみたいなもの)などの実演販売もあり、帰りは両手いっぱいの荷物をかかえ、お腹もいっぱいになって、すご~く幸せな気分で家路につくのでした。

この時期には、スイス大使館でもチャリティバザーが開かれます。こちらもスイスのワイン・チーズ・チョコレートが目玉ですがニューデリー近郊の身障者施設などで作られた小物や一般の店の出店もあります。a0025439_1942880.jpg

このクリスマスの飾りもスイス大使館で購入したもの→

インドでは街がクリスマスムードに染まるなどということはありませんが、
それでも楽しい12月!!
 
(バザーの話はまだまだ続く!)

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by KURIinHK | 2004-12-03 19:40 | インド | Comments(8)